千姫の羽子板

人形のちぐさやは、千姫ゆかりの世界文化遺産姫路城の北東2キロ程にあるイオン姫路店北側交差点にお店があります。
今は建造物等で地上からはお城を見ることは出来ませんが、イオン姫路店の屋上からならお城が眺められます。

姫路城

千姫は徳川2代将軍・秀忠の長女で、7歳で豊臣家に嫁ぎましたが、、大坂夏の陣(1615年)で夫の秀頼と死別。
その後、桑名城主(三重県)の本多忠政の長男忠刻(ただとき)と再婚しました。
17年に忠政が国替えで姫路城主となり、千姫も移ってきました。忠刻の死後は江戸に戻り余生を送ったとされています。

長男幸千代を3歳で亡くした千姫は、元和9年3月、姫路城の西方の男山に天満宮(男山千姫天満宮)を建て、それまで守護神として城内で祀っていた天神木像をここに遷して、城内西の丸長局の廊下から朝夕遥拝しました。
本殿前の絵馬掛けには、可愛らしい羽子板形の絵馬(縦20cm、横10cm)がつり下げられています。
今も、千姫と忠刻のように恋の成就を願う女性たちが奉納しているようです。

天満宮には千姫が、男子出産の祈願や元夫秀頼の鎮魂を祈り奉納したとされる愛蔵の羽子板(非公開)も伝わります。

奉納された羽子板のうち2枚は表に葵紋、裏に桐紋が、他の4枚は表に桐紋、裏に巴紋を配します。いずれも木地に胡粉を盛り上げ箔押しして極彩色したもので、裏には宮中の新春の儀式「左義長」(正月15日、御所清涼殿の庭に青竹などを組み、藁で覆って火を放ち、陰陽師たちが囃しながら、帝の吉書・短冊・扇面などを焼く厄払いの行事)を、表にはそれを見物する貴人たちを描いています。

千姫の羽子板

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