吉徳大光作 即位正殿の儀写し 江都みやび 令和バージョン 京十番 正絹黄櫨染・ハマナス即位雛 (to1453)

2020年2月10~15日お届けになります。
店舗のみの販売になります。
価格は店頭にてご確認下さい。

雛人形 親王平飾り 吉徳大光作 即位正殿の儀写し 江都みやび 令和バージョン 幅80cm 京十番 正絹黄櫨染・ハマナス即位雛 (to1453) 

飾った時のサイズ:間口80×奥行40×高さ28cm  

お人形:吉徳大光作 京十番親王飾り 江都みやび 男雛衣装:正絹黄櫨染・桐竹鳳凰麒麟文 女雛衣装:即位正殿の儀写し・正絹向い鶴唐衣、ハナマス御印文表着 女雛髪結い:即位正殿の儀写し

屏風・台:黒枠三曲金屏風、畳入り黒塗り平台

雪洞:黒塗りコードレス(点灯します)

お花:桜橘お道具他:貝桶

木製貝桶と金屏風に、天皇陛下のお印の梓(あずさ)と皇后陛下のお印のハマナスの花、愛子さまのお印(五葉つつじ)を加え、一つの文様にアレンジした吉徳オリジナルの御紋を施しました。 新元号「令和」の記念と即位正殿の儀の年に誕生したお子様のお祝いとして最適な逸品に仕上げました。

雛人形の衣裳-黄櫨染(こうろぜん)

黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)
天皇が皇室祭儀の恒例臨時を通じて最も多く用いられる御装束で、色は黄櫨染(こうろせん)。
黄櫨染は天位の象徴色として、盛夏の太陽の輝きを表したものといわれています。
弘仁11年に天皇が晴の儀式に着用する袍の色と定められ、天皇以外は用いることができない絶対禁色とされました。
黄櫨染は櫨(はぜ)の樹皮と蘇芳から染め出される色で、熟練の染師でも毎回同じ色に染めるのが難しいほどの難易度の高い色です。

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黄櫨染御袍の文様、桐竹鳳凰(きりたけほうおう)
中国の太古に黄帝が南園に斎をしていた時、庭上の桐樹に鳳凰が竹の実をくわえてとまったという故事により作られたものです。鳳凰は地上の梧桐に栖み、六十年に一度稔る竹の実を食して現世に栖まいます。
黄帝は聖天子とされ、鳳凰は聖人の位にあり、天下泰平の時に出る瑞鳥といわれたことから、天皇の御服の文様とされました。
現在も天皇御即位式等にお召しになられる由緒ある文様です。
構成に、君主が仁のある政治を行うときに現れる瑞獣の麒麟を加えて桐竹鳳凰麒麟とし、筥形の構図に纏められました。

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平成31年(西暦2019年)5月1日に皇太子様が即位されます。
皇位継承の証しである剣などを新天皇に引き継ぐ「剣璽等承継の儀」は即位日の19年5月1日に開かれ、承継の儀の後、同じ日に新天皇が即位後に初めて三権の長らに会う「即位後朝見の儀」をされます。
10月に即位を公式に示す「即位礼正殿の儀」が催され、オープンカーで祝福を受ける「祝賀御列の儀」があります。
即位を祝う祝宴「饗宴の儀」は同日かその後に催されるようです。

即位の礼 平成元年(1989年)11月12日
即位礼正殿の儀の装束。天皇陛下は黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)をお召になっていらっしゃいます。

YouTube即位の礼動画
即位の礼


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雛人形の製作工程-望月人形-

望月人形さんの雛人形の製作工程をご紹介致します。
伝統の工法

製作工程1
衣装の生地に貼る裏打用の和紙を寸法帳を見て裁断する。そして、のりを付け生地の裏に貼り、生地を裁断する。

 受け継がれている寸法帳を見ながらまずは、お雛様の基礎となる裏打ち用の和紙を裁断する。 

 和紙を寸法帳の寸法に合わせて裁断。

 裁断した和紙をのり付けする。

 お雛様の生地は西陣織のものや桐生の生地を当店では使います。

 のり付けした和紙を生地に貼っていく。このときに衣装として完成した際に柄が出る様に計算しながら貼っていく。

 裏打ちした生地を裁断していく。

【型紙】衣装の生地に貼る裏打用の和紙を寸法帳に記載された寸法に合わせ裁断していく。数百種類もの基本的な寸法があり、殿で約50パーツ、姫で約120パーツが必要となる。和紙は楮入りの和紙を使用。裁断した和紙にのりを付け生地の裏に貼っていく。のりは、でんぷんのりを独自の製法で炊き、粘りを出していく。

製作工程2
必要なパーツを手縫いやミシンで縫い合わせて形作っていく。

 裁断した殿の衣装です。

 裁断した姫の衣装です。

 必要なパーツをミシンや手縫いで合わせていきます。

 姫の衣装を制作している所です。

 完成した殿の衣装。

 完成した姫の衣装。

【衣装】雛人形の衣装は、桐生や京都の西陣織を使用。公家が実際に使用してきた有職文様を人形用に織り、雛人形の衣装として可能な限り実際の衣装に近く仕立てる。

製作工程3
胴体は固く重ねたワラを使用。必要な寸法に合わせ裁断し、腕の基本となる針金を取り付け、木毛を巻いたものを針金に通す。

 お雛様のサイズによって藁胴の太さや長さが変わってきます。

 藁を胸のカーブに合わせてカットする。

 腕の芯となる針金を藁胴に通す。

 和紙に木毛を巻いて腕を制作する。

 出来上がった腕を先ほど完成した胴体に付ける。

 完成した殿と姫の胴体。

【胴体】雛人形の基本となる胴体は固く重ねたワラを使用。必要な寸法に合わせ藁を裁断し、人の形に似せる様に藁を胸のカーブに合わせてカットする。腕の基本となる針金を取り付け、和紙に木毛を巻いて腕や股を制作する。出来上がった腕、股を完成した胴体に付ける。

完成した胴体

雛人形の手

製作工程4
製作工程2で出来上がった衣装を、製作工程3で出来上がった胴体に着付けをする。その際、左右のバランスなどを入念にチェックしながら着付けする。そして、最後に頭や道具を取付け完成。

 殿の衣装を胴体に着付けをしています。

 姫の衣装を胴体に着付けをしています。

 着付けをした胴体の腕を曲げています。この作業でお雛様の形が決まる大事な作業です。

 振りつけたお雛様に頭や小道具を付けて完成です。

 最後に完成したお雛様のバランスをチェックします。

 完成したお雛様です。


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雛人形の歴史

◆◇◆◇雛人形の飾り方◇◆◇◆

雛人形の歴史
雛人形の歴史は古く平安初期。今から1000年も前に遡ります。源氏物語の中にも「ひいな遊び」と呼んで宮中の幼い姫たちの人形遊びが記されています。
三月三日あるいは三月上巳(最初の巳の日)にお祓いをした人形(紙や草で作った簡素な形代)を水に流して送ると、一年間無病息災でいられるという「流し雛」の風習がひな祭りの起こりと言われています。「上巳の節句(穢れ払い)」として雛人形は「災厄よけ」の「守り雛」として祀られる様になりました。

3月の節句の祓に雛祭りを行うようになったのは、安土桃山時代の天正年間以降のことだと推測されています。
室町時代の末頃から始まった三月三日のひな祭りは、戦国時代を経て平和が訪れた江戸時代に華麗な女の子のための行事となっていきます。

寛永六年京都の御所で盛大なひな祭りがおこなわれたのをきっかけに、幕府や大奥でもひな祭りをおこなうようになり、やがて武士階級から町人へ、江戸から地方へと広まってゆきました。
江戸時代初期には形代の名残を残す立った形の「立雛」や、座った形の「坐り雛」(寛永雛)が作られていましたが、これらは男雛・女雛一対の内裏雛を飾るだけの物でした。
飾り物としての古の形式と、一生の災厄をこの人形に身代りさせるという祭礼的意味合いが強くなり、
武家子女など身分の高い女性の嫁入り道具の家財の一つに数えられるようにもなり、自然と華美で贅沢なものになっていきました。
時代が下ると人形は精巧さを増し、十二単の装束を着せた「元禄雛」、大型の「享保雛」などが作られましたが、これらは金箔張りの屏風の前に内裏の人形を並べた立派なものでした。
享保年間からは、江戸幕府が倹約政策のとり、大型の雛人形が一時禁止されましたが、この規制を逆手に取り「芥子雛」と呼ばれる精巧を極めた小さな雛人形(わずか数センチの大きさ)が流行しました。
江戸時代後期には「有職雛」とよばれる宮中の雅びな平安装束を正確に再現したものが現れ、さらに今日の雛人形につながる「古今雛」が現れました。
また、18世紀の終わり頃から囃子人形が現れ、幕末までには官女・随身・仕丁などの添え人形が考案されました。

女の子が健やかに、そして可愛らしく育つように、病気や事故なく幸福な人生を過ごせるようにとの願いが込められてひな祭りの行事は連綿と今に伝わっています。

◆◇◆◇飾り方の変遷◇◆◇◆

雛人形の歴史
元々、雛人形は室内の一室に平面に各人形や道具類・調度類を並べて飾り楽しむ飾り方をされてきました。
そのため、この元々の平面で飾っていたものが、今で言うドールハウスのように、人形専用の御殿を作りそれを中心とした飾り方に変化していきます。
江戸末期から昭和の初めまで飾られていた「雛御殿」という建物を使った「御殿飾り雛」という飾り方をしているものが多くありました。
また、段飾りは一説によると箪笥の引き出しを階段状に整えて、そこに緋毛氈を敷き飾ったとも言われているますが、江戸時代頃から行われるようになり現在でもその形が引き継がれています。
さらにはお囃子に使う楽器や、雪洞(ぼんぼり)、牛車などの家財道具を一緒に飾ることもありました。
昭和時代を中心にな五段、七段が多く、昭和後期には八段の檀飾りも登場ましたが、以後昭和の後期から平成になると団地やマンションなど和室がなく七段飾りを飾るスペースがないなどの理由から、
本来の内裏雛のみ、または内裏雛と三人官女のみの簡素化されたセットが作られるようになった三段飾りが主流となっています。
収納に便利なように人形がしまわれている箱がそのまま飾り台として用いられるようになっている収納飾りも出てきました。

戦前までの上方・京都や関西の一部では天皇の御所を模した御殿式の屋形の中に男雛・女雛を飾り、
その前の階段や庭に三人官女や五人囃子らを並べ、横に鏡台や茶道具、重箱などの精巧なミニチュアなどを飾っていました。

祭りの日が終わった後も雛人形を片付けずにいると結婚が遅れるという話は昭和初期に作られた俗説ともされ、旧暦の場合、梅雨が間近であるため、早く片付けないと人形や絹製の細工物に虫喰いやカビが生えるから、というのが理由だとされています。
また、「おひな様は春の飾りもの。季節の節できちんと片付ける」など躾の意味からともいわれています。


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雛人形の飾り方

親王
親王の飾り方

冠の付け方冠のひもは、左絵のように親指と人さし指で輪を作ってからかけると簡単です。冠をかぶせる時は上部を人さし指で軽く押さえながらひもを結んでください。纓(えい)は冠の後ろ側の穴に差し込みます。

木目込み雛
木目込み雛親王の飾り方

三人官女
三人官女の飾り方

提銚子は左手を開いている方の官女の右手に持たせます。
三宝(島台)は座った官女の両手にはさみこむように持たせます。この官女には既婚者ですので、眉毛がありません。年長で位が高いことをあらわしています。
長柄銚子は左手を握っている方の官女に両手で持たせます。

五人囃子
脇差は脇に軽く差します。人形の腕は多少動きますので、少し動かして脇差をはさんで下さい。
五人囃子の飾り方
太鼓は左右の手にそれぞれバチを持たせ、太鼓を台の上にのせ、お人形の前に置きます
大皮(絵のない鼓)は左手に大皮を持たせます。口を開いている顔のお人形です。
小皮(小鼓、絵のついた鼓)は右肩の上に小皮をのせます。
は両手の指の間に持たせます。持たせにくい時は手首が回りますので動かしてください。
は右手に持たせます。口を開いている顔のお人形です。

随身
随身の飾り方

仕丁
仕丁の飾り方


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