お夏・清十郎物語

お夏・清十郎物語は江戸初期の実話で、悲恋物語の極みとして 元禄時代の劇作家 西鶴が好色五人女で描き、近松門左衛門が世話浄瑠璃で物語を表現しました。
お夏は姫路城の大手門にあたる本町の米問屋但馬屋九左衛門の娘に生まれ、清十郎は姫路の西室津港の造り酒屋和泉清左衛門の息子で何不自由の無い家庭に育ち、錦絵にも優る美男でしたが、故あって清十郎は十九才の時、但馬屋に勤める身になり、明け暮れ律義に勤めたので万人から好かれるようになりました。

いつしかお夏と清十郎は深い相想の仲となりましたが、九左衛門はこれを許しませんでした。思いもよらぬ濡れ衣に依って、あたら二十五才のの時、清十郎はかなくも刑場の露と消えたのでした。
此のことを知ったお夏は、黒染めの衣に身をつつんで読経三昧にくらし、ひたすら清十郎の冥福を祈りました。
但馬屋も二人の純愛に打たれ、慶雲寺寺内に「比翼塚」をつくって、其の霊を慰めたと云われています。

比翼塚
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慶雲寺(けいうんじ)
兵庫県姫路市野里慶雲寺前町にある臨済宗妙心寺派の寺院。
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むこうを通は清十郎じゃないか 笠がよう似た管笠が・・・・・・・
と云う俗詩が大流行し、畏くも天皇上聞に達し、御製を賜ったもの
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御製は後水尾天皇と後西天皇より賜っています。